ほぼ週刊 JKT48推し!

結成当初からJKT48箱推しヲタのブログ。Blog yang pnya JKT48 Wota dari Japan

JKT48ってインドネシアでブレイクしてるの? 日本からは見えない本当の人気 その①イベント動員編

はじめに

「日本文化がインドネシアで大人気!」「JKT48インドネシアでブレイク!」といった威勢のいい報道を目にしたことがあるひとは少なくないだろう。様々な言説が飛び交っており、その中には「K-POPにも負けない人気」という触れ込みすら見かけることがある。

東南アジアにおける、韓国の文化振興へのお金の掛け方は凄まじく、メディア露出で認知度はうなぎ上り。インドネシアにおいては、J-popが大好きな僕ですら、どうひいき目に見ても負けない人気と言うのは誇張を通り越してウソと言わざるを得ないと思う。(薄く広い人気の韓国文化と狭く深い日本文化の違いはあるが、これを語るのは別の機会にする)

ではインドネシアJKT48が大人気!というのもウソなのだろうか。「大人気」という言葉から連想する具合が人によって異なるのでひとことで語るのは難しい。「大人気」という言葉の意味を、2014年現在の日本におけるAKB48と同じくらいの人気と捉えるならば、NOと言わざるを得ない。

しかし思い出してほしい。天下のAKB48といえど最初から国民的認知度を誇っていたわけではない。活動開始当初の一般層への認知度は皆無で、CDのセールスが伸び始めたのは2008年発売の「大声ダイヤモンド」以降。推しも推されぬ存在になり、決定的にメディア露出が増えたのは2010年の「ヘビーローテーション」以降である。2005年の活動開始から実に5年の時を経た時期だった。

それを考えると、JKT48はまだ結成から2年と少ししか経っていない。そんな彼女たちに、AKBと同じプレゼンスを求めるのは酷だと言える。では実際の人気はどの程度のものなのか。

大声ダイヤモンド以上River未満

ぼくはJKT48が結成された2011年の9月からさかのぼること半年、2011年の4月から2年半の間ジャカルタに住んでいた。仕事柄イベントなどによく行っていたので、ことあるごとにJKT48のステージも目にしていた。そのあと突如熱病のようにドハマりして劇場に通い始めたのが2013年の2月から。あまり詳しくない結成当初の雰囲気については、初期から通い続けている友人の話やメディアからまとめたところ、以下の結論に至った。

私見ではあるが、AKB48の歴史で例えると、現在のJKT48の人気は
大声ダイヤモンド」以降、「River」未満である
と考えている。劇場周りのいわゆるオタクだけでなく、一般への知名度が徐々に高くなっていっている時期ではあるが、一般層に向けてブレイクするには至っていない。

では具体的にどの程度の人気を博しているのかを、下記3つのポイントにしぼって解説したい。

①イベント動員力
②広告およびメディア露出
③CD等のグッズ売り上げ

本エントリでは①についてまとめ、その後の項目は分割して別エントリにあげることとする。本エントリその①だけで9000文字近い分量があるので、本当に関心のある人以外は写真と見出し部分にさらっと目を通していただきたい。

イベント動員力

48Gといえば「会いにいけるアイドル」であるのが最大の特徴である。劇場公演をはじめとした様々なイベントが生命線で、その動員の数字は人気を計るバロメータになる。さて、JKT48はどのようなイベントに出演しているのか。またそれぞれどの程度の動員があるのか。
以下の5種類に分けられる。劇場公演、握手会、ライブ、ファンミーティング、その他イベントへの出演。

劇場公演

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写真:2013年9月 レナ帰国前最後の公演 公式Facebookページより

ひとたび劇場へ足を踏み入れると、日本語のコールを覚えているファンたちの凄まじい熱気を感じる事ができる。48Gの活動の根幹は劇場公演であることが肌で感じられるのは、インドネシアでも同様だ。JKT48の劇場公演は2012年の5月から始まった。当時はまだ専用の劇場はなく、いくつかの場所を転々としていた。その後9月の半ばに専用劇場が完成し、以降は他の48G同様ほぼ毎日劇場公演を行っている。劇場の収容人数も秋葉原のAKB劇場と同様の250人。図らずも二本の柱が劇場内にあり作りは秋葉原のAKB劇場に似ている。

専用劇場完成の当時は当日ふらっと入れることもしばしばあったが、半年後にはなかなか抽選に当たらない状況になっていた。
チームJにAKBから兼任の二人が加わって「恋愛禁止条例」公演が12月に始まってからは徐々に当たらない感じになっていき、ぼくがハマり始めた2013年2月の段階では、全然あたらないようになっていた。ぼくの残してある当時のメモによると、ファンクラブ枠と一般枠を毎日応募して週に1回当たるか当たらないかといった具合。

2013年の1月から始まった二期生研究生の「パジャマドライブ」公演は比較的当たりやすかったのだけれど、5月に「僕の太陽」公演が始まってからは徐々に当選回数が減っていく。公演開始当時は1日2回公演を両方当選なんてこともあったけれど、二期生の研究生が6月にチームK3に昇格してからは、さらにその傾向が顕著に。1週間毎日ファンクラブ枠と一般枠全て応募して1回か2回あたるといった感じになっていた。

「48現象」や「裏ブレイクヒストリー」などを読むと、徐々に劇場に入れなくなっていく時期があった、という旨の記述があったのだけれど、JKT48もその段階に進みつつある現状だ。


握手会

JKT48が初めてCDを発売したのは2013年2月のミニアルバム「Heavy Rotation」。このCD発売記念の個別握手会が4月の末に専用劇場内で開催されたのだが、チケットは当日発売であった。ちなみにこのアルバムには「Handshakeチケット」なるものが同封されていたのだが、これは全国握手会を想定していたものである。詳細が明らかにならないまま半年が経過し、2013年の10月頃に行われた国内ツアーと同じタイミングで、全国握手会が開催された。この時期を逃した人たちはチケットを使うことができなかった。

その後、1stシングルから4thシングルまで、4枚のシングルがリリースされ、それぞれ個別握手会が開催された。

1stアルバム「Heavy Rotation」個別握手会

専用劇場内で行われ、消費されたチケット数は主催者発表で5000枚程度。
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写真:劇場前で握手会入場を待ちわびるファンたち 筆者撮影

1stシングル「River」個別握手会

専用劇場内で行われ、消費されたチケットは主催者発表で7000枚程度。このときから事前に握手券を購入できるようになったのだが、あらかじめ印刷された券を、購入分に応じてスタッフが手で選り分けて確認するため、効率が悪かった。

  

2ndシングル「Yuuhi wo miteiruka」個別握手会

専用劇場に加えて、同ショッピングモール内のひとつ下のフロアぶち抜き貸し切りで行われた。
運営スタッフVikry Arthaのツイートによると、入場者10,000人、消費されたチケット16,000枚の大反響だった。  
このときから握手券購入の際に、窓口にプリンターが用意され、購入希望分を印刷するだけになったので、効率が上がり列に並ぶ時間が劇的に減った。またオンラインでの握手券購入も可能になった。オンライン購入の場合、ファンクラブ会員(無料会員もある)のバーコードを受付で手渡し、現地でプリントアウトする。
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写真:握手会の会場俯瞰 大手非公式ファンサイト JKT48 stuff “Yuuhi wo Miteiru ka?” Individual Handshake Event Report より

3rdシングル「Fortuen cookie yang mencinta」個別握手会

ショッピングモール、エピウォークのイベントスペースで行われた。専用劇場の入っているモール以外で行われたのは初めて。開催日程が発表されたのは一ヶ月前で、運営が場所選びに苦心しているのが感じられる。

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写真:非公式ファンサイトJKT48 Fans Clubより

4thシングル「Musim panas Sounds Good!」個別握手会

合同就職説明会や展示会を行う、イベント用の施設、バライカルティにて行われた。主催者発表で5000人を超える数のファンが集まった。ちなみに友人によると、1人で200枚の握手券を持っているファンもいたという。

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写真:受付に並ぶファンたち 非公式ファンサイトJKT48 Fans Clubより

5回目握手会に使ったホールは、奇しくも2年前にAKB48とライブで共演した場所であり、
当時を知るファンにとっては感慨深いものがある。ちなみにぼくはその2年前のライブを見ているので感慨深さマリアナ海溝のごとし。

第1回では消費されたチケット数が5000程度であったのに対し、3回目では10000人に達するという大きな伸びを見せている。3回目まで参加したぼくの私見では、3回目が参加者10000人であったのに対し、5回目が5000人というのは会場のキャパシティから換算すると不自然な数字である。5回目のイベント会場の方が明らかに大きいし、会場も満員だったと言う。3回目の来場者数が少し盛ってあったのか、のべ人数の間違いだろうと考えられる。


AKBの初期でも、握手会会場のキャパシティどんどん追いつかなくなっていった時期があったという。JKT48もその時期にさしかかっている。
これ以上規模が大きくなると「ジャカルタコンベンションセンター」「クマヨランの国際展示場」しか候補がなくなってくるのではないか。後者は国際モーターショーを行う、国内最大の展示場だ。

単独ライブ

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写真:2013年7月のツアー最終日@テニスインドア  ライブDVDのキャプチャ

活動の初期においては、民放のテレビ番組で放映するためのコンサートが多く、観覧という形でのファン参加ライブであった。

初めて単独ライブがチケット制で開催されたのは、2013年のの6末から7月頭。国内ツアーが五カ所で行われた。開催場所は、南スラウェシ州マカッサル、中部ジャワ州ソロ、東カリマンタン州バリックパパン、東ジャワ州スラバヤ、ジャカルタ特別州で、ジャカルタでは2日間計3公演が行われた。動員は各地で1000〜5000人だったという。

5カ所7公演のうち、ぼくはスラバヤ公演とジャカルタの3公演に参加した。この2カ所についての開催場所とその印象について。

スラバヤ

スラバヤでは、「ITCモール」というショッピングモールの最上階の催事場でライブが行われた。ぱっと見た感じで1200人くらいの入りだった。
このスラバヤはインドネシア第二の都市。日本で言うと大阪のような感じ、国内有名歌手もたまに公演を行う。有名歌手が公演を行う際によく使われるスタジアムがあるのだが、JKT48の場合はそこを使うほどの動員やバリューには至っていないと考えられる。

ジャカルタ

ジャカルタでは、最大収容人数3000人程度(このライブではステージの設計上キャパ2000くらいだった)の「テニスインドア」という場所でライブが2日間3公演行われ、各回の動員は約2000人だった。この場所は過去にマルーン5やジェイソン・ムラーズがライブを行っている、なかなか悪くない場所だ。ここ以上に大きい場所となると、JKTメンバーがこの場所でライブをやるのが夢だと語っている「グロラブンカルノ」くらいしかない。この場所をソールドアウトするには3万人以上の動員が必要。過去この場所でライブを行ったのはメタリカリンキンパーク。このレベルのバリューが必要になってくるが、いつかはこのステージに経つJKT48を見てみたい。

また同年9月末から12月頭にかけて下記8カ所でもライブを行っており、国内の主要な都市はカバーしている。
日本で例えるならば‥東名阪に加えてその周辺の埼玉・横浜、奈良・京都、福岡・北海道は制覇しているという感じだろうか。
ちょっと自信無いのでこの辺に関して良い例えが浮かぶ方はご教授お願いします。

中部ジャワ州スマラン
南カリマンタン州バンジャルマシン
西ジャワ州ボゴール
リアウ諸島州バタム
カリマンタン州パランカラヤ
西ジャワ州バンドゥン
ジョグジャカルタ特別州
東ジャワ州マラン

各回での動員数は不明だが、公式Facebook上にアップされている写真や、ファンが違法にアップロードしている映像を見ると、どの会場も多くのファンで埋まっている。チケット売買やイベント運営を各地でイベンターに委託していること、追加で8カ所公演を行った事を考えると、悪くない動員のはず。

一方で、関係者によると、情報が少ない田舎の人たちにはJKTの本当の姿(公演をやっている、メンバーが多数いてメンバーとファンがともに成長するなど)はまだ浸透していないよう。
ライブ前の握手イベントで、
ファン「わー、ナビラ!」
メロディ「(苦笑)私、メロディです・・・」
って信じられないこともまだまだあるとのこと・・・。



2013年12月には「ジャカルタコンベンションセンター」という場所で2周年記念コンサートが行われた。この場所は国内最大級の催事場
で、日本で言うと東京ビッグサイトや幕張メッセ的な場所だろうか。巨大な施設の一部でコンサートを2公演行い、主催者発表では来場者は1公演5000人を超えた。

この調子でファン層を拡大していく事ができれば、グロラブンカルノでのライブ開催も夢ではないかも・・・?

ゲスト出演(スポンサーのイベント出演や、フェスなどへの参加)

JKT48が結成されて一ヶ月後には大塚製薬現地法人のCMに出演し、そこから1年以内に多くのタイアップをこなしていた。これはひとえに運営会社である電通インドネシアのコネクションの賜物である。それと同じく、様々なクライアントの式典への参加はもとより、様々なイベントへのゲスト出演をしている。

私見ではあるが、今までのイベント出演の中で、特に象徴的だったのは以下の3つのイベントへのゲスト出演だ。
①2013年の9月に東京六本木で行われた、在日本インドネシア大使館主催の「インドネシアフェスティバル」
②同じく9月にジャカルタの最も有名な観光地のひとつ「モナス」で行われた日イ友好イベント「ジャカルタ日本祭り」
③2014年3月に行われた有名な音楽フェスティバル「ジャワジャズフェスティバル」

インドネシアフェスティバル

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写真:インドネシアフェスティバル@六本木 筆者撮影

①について、大使館主催のイベントに呼ばれるようになった点、くわえて日本での初めての外仕事であると言う点が、タレントとしてのバリューが上がってきたことを象徴していると言える。このフェスは六本木ヒルズのアリーナという場所で、特設ステージとそこを取り囲む形で飲食ブースが並び、別のフロアでいくつかの雑貨ブースや展示ブースが設置される形態だった。
メンバーのうち三人が来日し、ステージでのパフォーマンスとセブン銀行と提携しているウェスタンユニオンという会社のタイアップで握手会が開かれた。ステージではJKT48以外にも様々なパフォーマーが登壇していたが、やはりJKTの出番になると観客が顕著に増える。それまではガラガラだったステージ前に、ぼくも含めたオタ(らしき人々)が20〜30人程度、一般の観客が150〜200人くらい群がってきた。
大使館の人々には、多少の動員力がある事を見せられたのではないだろうか。今年もJKTメンバーが来日する事を願っている。

ジャカルタ日本祭りフィナーレ

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写真:2013年ジャカルタ日本祭りフィナーレ@モナス JKT48出演中 筆者撮影

②について、5年前から毎年行われている、ジャカルタ州政府と共催のイベント。毎年1日で3万人以上集まる大きなイベントだ。JKT48はここ2年フィナーレのライブに参加していたが、昨年のイベントは規模が過去最大だった。ライブイベントにはJKT48の他、日本からのゲスト「でんぱ組」、そしてインドネシアのトップアーティストであるアグネス・モニカも出演した。圧巻だったのは、アグネスモニカと同じくらい、JKT48のパフォーマンスでの盛り上がりが大きかった事だ。もちろん日本文化が好きな人々が集まるイベントのため、盛り上がりに関しては下駄をはいている状況ではある。しかし、JKTのメンバーにとってアグネス・モニカと共演したと言う事は大きな意味を持っていて、メンバーもファンも自信を大きくつけたに違いない。

ジャワジャズフェスティバル

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写真:ジャワジャズ出演 KOMPAS.com  HL | 03 March 2014 | 07:38「JKT48 Gegerkan Java Jazz Festival 2014」より

③今年で10回目の開催となる、毎年ビッグアーティストが来イする有名なイベントだ。ぼくは一昨年このイベントに参加していて、そのときにはスティービーワンダーやエリカバドゥなど、日本からDepapepeが出演していた。また昨年には渡辺貞男も出演を果たしている。JKT48は音楽性から考えると若干浮いている気がするが、このイベントを主催しているイベンターがJKT48のコンサートも担当しており、動員力を見込まれて出演依頼が来たのではないかと考えられる。このビッグイベントに呼ばれるようになるほどの評価を受け始めているという意味で象徴的である。


ミート&グリート

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写真:2014年7月 ミート&グリート(ラマダン明け食事会)ファンクラブ会報より

これはいわゆる公式ファンクラブ開催のファンとの交流会。メンバーとボーリングやビリヤード、はたまた同じテーブルを囲んで食事をするなど、かなり近い距離感でメンバーと接する事ができる。抽選なので絶望的な倍率かもしれないが、JKT48は今でも「会いにいけるアイドル」である。

ぼくは2回食事会に参加した事がある。上の写真にも写ってます。このときは2期生の中での推し、フィニと同じテーブルになるという暁光。かなり楽しかった。そのうち1回のレポートは下記を参照ください。
http://jkt48oshi.hatenablog.jp/entry/2014/02/15/234652

最後に

AKB48の発足当初から数年。一番ファンが楽しかったと言われている頃の熱気やドライブ感を孕んでいるのが、いまのJKT48なのではないか。というのは言いすぎだろうか。
AKB初期からのファンが、フレッシュなHKT48に流れたという話を聞いた事があるのだが、ぼくの周りにいるJKT48ファンの数名は、それと同じ理由でJKTに流れついている。しかし、徐々にファンの数が多くなっているので、JKTA48の一番楽しい時期を目撃するためには、そろそろ最後のチャンスが近づいてきているのかもしれない。


以上、「JKT48ってインドネシアでブレイクしてるの? 日本からは見えない本当の人気 その①イベント動員編」でした。

引き続きその②以降もよろしくお願いします。まだ完成してないけど。

蛇足

今後何かの仕事で来日ついでに日本でも是非公演やってほしい。イベントやってくれるなら1万円くらいなら余裕で払うので(インドネシアまで公演を見に行く航空運賃が10万円くらいかかることを考えれば余裕)。
同じ想いを持ってる人が50人くらいいれば企画書作りますので、是非ご連絡ください。