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ほぼ週刊 JKT48推し!

結成当初からJKT48箱推しヲタのブログ。Blog yang pnya JKT48 Wota dari Japan

日本が誇るべき“ファーストラビット ” AKB48から移籍したJKT48仲川遥香の軌跡

AKB48 評論 元AKB48仲川遥香(はるごん)

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写真:選抜総選挙で3位 じゃかるた新聞より 

もくじ
◆はじめに
◆海外遠征で開けた可能性
◆CD選抜常連、テレビ番組、CMにも多数出演
◆初めてのシングルセンター
◆パジャマドライブ・リバイバル公演 選抜入り
◆文科省の留学PRに貢献
◆総選挙で3位
◆さいごに

はじめに

傷つく事を恐れはしない
何があってもひるまずに
自分の夢を探しに行く
最初のウサギになろう

出典:AKB48「ファースト・ラビット」

AKB48には隠れた名曲がたくさんあると言われている。シングルカットされなかった名曲がリクエストアワードなどで評価を得たりするのだが、そのうちの一曲に「ファースト・ラビット」がある。

この曲が発表されたのは、AKB48の絶対的エースだった前田敦子が卒業を発表した時期だった。歌詞に込められたのは、「傷つく事を恐れずに、AKB48という群れから飛び出る。そして個人の力で、芸能界と言うまだ見ぬ世界で精一杯足跡を残していけ」というメッセージだったとも考えられる。

AKBエースの看板を外して芸能界に飛び出していくのは、確かに勇気が必要だ。

しかし国境を越えて、言葉も通じない、文化も慣習も全く違う環境に飛び込んでいくこともまた非常にチャレンジングな選択である。少しでも海外に滞在した事がある人は、容易に想像できるだろう。

ただ日々の生活に順応するだけでも難しい。そのうえ仕事をして、インドネシアの芸能界と言う前人未踏の土地に足を踏み入れた。さらに芸能というその土地の文化など独特の文脈が必要な分野で、一定の成功を収めている。これは48グループのファンとしてだけでなく、いち日本人として誇るべき事象だと、ぼくは考えている。

そんな中、JKT48のシングルカップリング曲に「First Rabbit」が入り、この曲を聞き込むうちに。これは仲川遥香の歌だと気づいた。日本ジャカルタ祭りで初披露されたときには興奮した。

幸い彼女が活動開始してからの約一年を間近で見る事ができた。このファーストラビットの足跡を日本のファンにも伝えたい。
   
ひとことも外国語を話せない。
慣れない食、生活環境。
AKBの功績も通じない未踏の地で、ゼロからのスタート。

ときを経て赤道直下の南国で満開に咲いた、
仲川遥香という奇跡。

このエントリでは、2012年から約一年半の間、JKT48で活躍している仲川遥香(以下ハルカ)の軌跡を振り返ってみる。

海外遠征で開けた可能性 - ひとなつっこく、水が合う土地、インドネシア

初めてインドネシアを訪れたのは昨年2月のAKBの公演。人々のおおらかさに「この国いいかも」と直感 した。「AKBの中では埋もれるというか、居づらさみたいなものもあった。ここでは自分らしく居られる」。

出典:毎日新聞 2013年10月18日「ひと:仲川遥香さん AKBからJKTに移籍して1年」

2012年の2月。AKB48がインドネシアに上陸し、JKT48と共演したライブがあり、ハルカも出演している。
そのライブの動画を見て振り返りをするイベントはこちらのエントリを参照ください。
http://jkt48oshi.hatenablog.jp/entry/2014/04/20/200902

上記エントリで触れているイベントで、このライブのバックステージ映像を流したのだけれど、その中にハルカがJKT48メンバーと積極的に絡んでいる場面があった。言葉も知らないのにぐいぐいJKTメンバーとコミュニケーションをとっていた様子を見ると、このときにはもうインドネシア行きを考えてたとも読み取れる。

また、このライブを見ていて、外国語が全くできないAKBの面々の自己紹介等を必死に盛り上げようとするインドネシア人のファンたちの暖かさ、おおらかさが感じられた。これ大きな後押しになったのだと思う。

― インドネシアで気になっていることは
遥)ファンのノリが良くて、名前をたくさん呼んでくれる。恥ずかしがらずに、「好き」と来てくれてうれしい。もっと交流したい。

出典:じゃかるた新聞 (2012年11月22日) 移籍の2人に聞く AKB48→JKT48 仲川さん「アジア1の女優目指す」 高城さん「がむしゃらさ学びたい」 

び:日本でやっている時と比べて一番、何が違う?
仲川:メンバーも自由だし、あと、ファンの方がすごい応援してくれているっていうのが伝わってくる。AKBだと、シアターだとそれは伝わってくるんだけど、ちょっと遠い存在になっているっていうか。
び:有名になりすぎちゃった。
仲川:なので、こっちに来て、改めて実感できたっていうか。楽しいし、自由にできるのが一番。自分にもいいのかなと思って。いろんな方に「ジャカルタへ行ってすごい輝いているよ」と言われます。

出典:フリーペーパー「南極星」2013年9月号

インドネシアの人々はみんな人なつっこく、くるものは拒まない。シャイな日本人よりもダイレクトに感情表現をする人が多い。古参ファンの方々に教えてもらったところ、彼女の最大の特長は「物怖じしない」ことだという。年上のメンバーにもぐいぐい絡んでいけるところが、同期と比べて突出していた。

ぼくが住んでいたときにも感じたのだけれど、インドネシアと言う国は、この人なつっこさが最大の効果を発揮する場所だ。人によっては他人との距離が近すぎて、少々しんどくなってしまう環境。彼女には水があったようだ。

別の古参ファンの方がジャカルタ公演まで行ったところ、恥ずかしそうにうつむかれてしまったこともあるとのこと。昔を知るファンの方を前にすると少し照れが出てしまうのだろうか。

CD選抜常連、テレビ番組、CMにも多数出演

シングルCD選抜

JKT48は現在(2014年6月5日)6枚のシングルが発表されているが、ハルカはそのすべてに選抜されている。彼女以外で全てのシングルに選抜されているのは総選挙1位のメロディ、2位のフェ、そしてツイッターのフォロワー数が140万を超えている人気メンのナビラのみである。総勢72人いるメンバーの中でも圧倒的存在感を示している。

1st RIVER(「River」カバー曲)
2nd Apakah Kau Melihat Mentari Senja?(「夕陽を見ているか?」カバー曲)
3rd Fortune Cookie yang mencinta(「恋するフォーチュンクッキー」カバー曲、
                             AKBと同時発売)
4th Manatsu no Sounds Good!(「真夏のSounds Good!」カバー曲)
5th Flying Get(「フライングゲット」カバー曲)
6th Gingham Check(「ギンガムチェック」カバー曲、総選挙選抜曲)

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写真:過去シングルCDパッケージ

テレビ番組出演

様々な番組に出演していて、「JKT48 Mission」「JKT48 story」などのJKT48の冠番組もあったほど。各番組では通訳もつけず、インドネシア語でしっかり話していたわけでが、その中でも明確に爪痕を残した、快進撃の始まりの瞬間があった。

人2013年5月に放送された、人気トークバラエティ番組「Hitam Putih」出演時だった。スキンヘッドの大人気司会者とゲストがトークをする番組で、コワモテの司会者にがんがん絡むハルカの存在感はすごかった。

そのときの翻訳と、動画のリンクがこちらに載っているので参照してほしい。「JKT48 stuff」というJKT関連の最大手ファンサイトだ。↓
http://www.jkt48stuff.com/2013/05/230513-jkt48-in-hitam-putih-live-translation/#synved-tabs-1-1

最初のころは、テレビに出てもなるべく後ろの方にいて、振られないように振られないようにって頑張ってたけど、今は大分しゃべれるようになってきたから、自分から発言したりもできるようになってきました。

出典:フリーペーパー「南極星」2013年9月号
メンバーとはしゃぎながらとはいえ、徐々にインドネシア語を覚えていったからこそ活動の幅も広がった。このころには通訳いらずの状態で、先日行われた絆駅伝の宣伝動画では通訳担当の人よりも流暢なほどだった。

ほかにも「Bima satria Garuda」という石ノ森プロとインドネシアのテレビ局共同製作の特撮ヒーロー番組に女優として出演するなど、順調な活躍を見せている。

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写真:BIMAと記念撮影 本人ツイッターアカウントより

―2人とも女優を目指している。ジャカルタでの活動の位置付けは
 遥)言葉が話せるようになったら、ドラマや映画にも出られる。目指すのはアジアナンバー1の女優。英語も加えると、いろいろな国の作品に出演できる。まずジャカルタで頑張りたい。

出典:じゃかるた新聞 (2012年11月22日) 移籍の2人に聞く AKB48→JKT48 仲川さん「アジア1の女優目指す」 高城さん「がむしゃらさ学びたい」 
兼任当初に上記のような目標を立てていたが、早速ひとつは達成した。けっこう長い台詞もあったはず。着実にステップアップしていて素晴らしい。本当にアジア1の女優になっちゃう可能性もあるか!?

多数のCMにも出演

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写真:街中の看板 日本人JKT48FANCLUB facebookページより

兼任直後のポカリスウェットCM主演を筆頭に、複数のCMに起用されている。その中のいくつかでは、絶対的センターのメロディを差し置いてメインを張っている。

【起用CM一覧】すべてインドネシア現地法人
◆大塚製薬
◆グリコ  参考:JKT48✕グリコ・ポッキー 遥香メインのポップと売り場の様子、キャンペーン内容
◆ホンダ  参考:JKT48✕HONDA・ブリオ 店頭配布のパンフレット
◆ユニチャーム
◆ロート
◆スカパーJSAT
◆カカオトーク
◆Sido MunculのTolak angin(インドネシアの超有名漢方薬)
◆Indosat IM3(インドネシア二位の通信キャリア)

初めてのセンター

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写真:シングルリリース記者会見にて フリーウェブマガジンANKORU MAGAZINE 2013年9月号より

2013年8月にリリースされた、3rdシングル「Fortune Cookie yang mencinta」では初めてセンターポジションに。コミカルな曲であることも加味しての抜擢でもあるだろうが、このタイミングでジャカルタにいたからこそ掴むことができた。チャンスの順番がとうとう彼女に回ってきたのだ。しかし、白馬の王子様をただ待っていたお姫様ではなく、自分から穴に飛び込んだうさぎとして、自分の手でつかんだセンターの座である。

パジャマドライブ・リバイバル公演選抜入り

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写真:純情主義を歌うハルカ フリーウェブマガジンANKORU MAGAZINE 2013年10月号より

JKT48の歴史の中で初めて人気投票が行われた企画。一期生も二期生も経験した「パジャマドライブ」のリバイバル公演を二日間計四公演だけ行い、その参加メンバーを人気投票で決めると言うもの。ハルカは純情主義のユニットで選出された。

ひとりだけ踊れずに帰り道泣いていた子が、異国の地で後輩に頼られながら「初日」を踊る。あきちゃがジャカルタにあまり来なくなってから、ハルカが後輩に指導する場面が多く見られるようになった。

かつて「最年長の末っ子」と称された”はるごん”が、「純情主義」をセクシーな表情で歌い上げるようになるとは。パジャマを着たこどもっぽい姿を見慣れた人たちには想像するのが難しいかもしれない。いつの間にか大人になっていく過程を応援できる。これが48Gの醍醐味なのだろう。

古くからのファンの方こそ、異国の地で様々な経験を積み、いつのまにか大人になった姿を見に、是非ジャカルタの公演に足を運んでほしい。(ちなみにチームJは現在「誰かのために」公演をやっていて、ハルカは「蜃気楼」担当。大人っぽくなったところを存分に発揮してます。)

ぼくはこの公演に入っていて、その日は作務衣を着ていたのだけれど、帰りのハイタッチで、ハルカが「あ〜作務衣!あたしも持ってるんですよ」と話しかけてきたので「じゃあ次の握手会で着たらファンが喜びますよ」と返してみた。すると翌週の2ndシングル握手会で黒地にピンクの作務衣を着ていて驚いたことがある。AKB48黎明期のような、ファンとの近さがまだ残っているのがJKT48の魅力の一つでもある。

文科省の留学PRに起用

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写真:トビタテ!留学JAPAN 記者会見 トビタテ!留学JAPAN公式ウェブページより

 作詞家でAKB48の総合プロデューサー、秋元康さんに25日、下村博文・文部科学相から感謝状が贈られた。文科省が進める留学促進キャンペーン「トビタテ! 留学JAPAN」に秋元さんが協力し、関連イベントにAKBメンバーがボランティアで出演したことなどに文科省側が感謝の気持ちを示した。
 文科省の大臣室を訪れた秋元さんは、インドネシアのアイドルグループ・JKT48にAKBから参加している仲川遥香さんのエピソードを紹介。「彼女はインドネシアのことを何も知らないまま行ったが、1年で日常会話に困らないレベルになり、異文化を楽しんでいる。今ではJKTのセンターを務め、現地で7本のCMに起用される人気者です。『まず行ってみる、やってみる』というチャレンジ精神は大事なこと」と話した。

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出典:朝日新聞デジタル「恋チュン」留学応援で感謝状 文科相、秋元さんに<<

小学校3年生から6年生まで少年野球チームに所属し、中学ではバレーボール部、陸上勉部、ソフトボール部を掛け持ちした体育会系。教室で勉強するよりも校庭で運動したい…と話すのが目に浮かぶようなキャラクターの彼女が、文科相から感謝される日が来ると、誰が考えただろうか。

時代がハルカに追いついてきた…!

海外初開催の選抜総選挙で三位に輝く


Haruka Nakagawa - Pemilihan Member Single Ke ...
動画:JKT48総選挙政見放送 インドネシア語で語る 公式youtubeチャンネルより

2014年4月に開催された、第1回JKT48選抜総選挙では13,276票で第三位に輝いた。速報で2位になり大きな話題となったが、中間発表では14位と大きく後退。どうなることかとファンがやきもきする中、当日、見事三位に。スピーチもインドネシアでこなし、大きな歓声を受けた。AKBから来た仲川遥香ではなく、JKT48のハルカとして、現地で認められている証だった。

終わってみれば文句なしの順位ではあったが、実は不安も大きかった。いつもなら大人しく座っていることなどできないハルカ。記者会見ですら、周りのメンバーにちょっかいかけるいたずらグセはインドネシアでも変わらない。しかし総選挙の当日の彼女は、少し緊張した面持ちで、終止じっとしている姿が印象的だった。張りつめた空気を、後ろで見ているぼくですら感じられるほどだった。

総選挙が終わって最初と2回目のチームJ公演に入り、公演後に写メを撮る際に少し話すことができた。(DVDに封入されている2shot cardという特典を使うもの)
「総選挙三位おめでとうございます、でも上位行けると思ってたでしょ?」と尋ねると「ぜんぜん!中間14位だったし、だめかと思って、ちょうどきどきしてました」とのことだった。

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写真:総選挙三日後、公演後に撮った写メ お祝いメッセージボードを急遽作った

以下は総選挙の壇上でのスピーチ。

【3位入賞時のスピーチ】
みなさんこんばんわ。私の名前ははるかです。JKT48のチームJです。みんなありがとう。神様ありがとう。私…もう1年ここにいますが、沢山勉強することがあって、一人じゃ何もできなくて、でも今はメンバーがいてファンがスタッフがいます。みんながいなければ私はここにいません。みんなが私の家族のようです。私はここにいたいです。日本にも家族がいます。ファンがいるのも知ってます。でもここにも家族、ファン、メンバー、スタッフ、そしてみんながいるからです。みんなありがとう!
翻訳・出典:JKT48′s Elected Members on Stage Speech

「ファースト・ラビット」の歌詞にこんな一節がある。

まだ見てない世界を偉そうに
語ってるより泥を跳ねろ
孤独な夜も星を味方に
自分の足跡残すんだ

出典:AKB48「ファースト・ラビット」

JKT48行きを左遷と称するなど、心ない言葉をぶつけてくる人も少なくなかったはずだ。孤独な夜もあっただろうけれど。メンバーやファンと言う味方がいたからこそ、思い切って足跡を残していくことができた。異国の地でこれだけのつながりを作ることができたら、これはもう何よりの大成功と言っていいはず。あと個人的には、このスピーチを聞いたとき、インドネシア語の上達度合いにびっくりした。本当に。

さいごに

一番だめだったから受かったオーディション。総選挙で一時順位を上げるも、徐々にランクダウンする悔しさ。渡り廊下走り隊などでの活躍もありつつ、どこか埋もれていくもどかしさ。AKB48のジャカルタ公演で開けた道筋。インスピレーションに従って海を渡った。

しかし苦しいときもあった。デング熱、アメーバ赤痢という苦しい感染症にもかかっていた。食べることが大好きなのに、当初は食べ物も合わなかった。順調な大躍進の裏では不安や苦しみもあったはずだ。

日本で有名な大企業の駐在員の中には「日本で有名なんだから海外でも有名になるだろう」という誤解をもって着任される方がいるらしい。始めてみればすぐにわかることなのだけれど、ゼロから積み上げる事の難しさは想像以上のものである。

新しい市場を切り開く事の難しさ、全く異なる文化的文脈の中で戦う事の難しさ。少しでも海外で事業を行ったことがある人なら肌で分かることだと思う。その難しさのひとつに、現地のスタッフや顧客などステークホルダーとのコミュニケーションがある。

仲川遥香は新しい市場で、AKBからの留学生として戦うのではなく、そしてただ郷に従った訳でもない、
独自のコミュニケーション方法をとっていると思う。

その彼女の最大の武器は「コミュニケーション力」なのだろうが、その根源は「笑顔」なのだと思う。

インドネシア語のことは心配していませんでした。私には笑顔がある。笑顔は万国共通語。笑顔でいれば、JKT48のメンバーも笑顔で迎え入れてくれると思ったんです。実際にそのとおりでした。つらいことがあっても笑顔でいたらメンバーも安心してくれます。ジャカルタで改めて笑顔の大切さに気づかされました。

出典:朝日新聞デジタル(AKB的人生論)仲川遥香 笑顔でジャカルタ留学

笑顔が大事、とは当たり前のことだと思う。それを実践してみて「実際そのとおりでした」と言える行動力もすばらしい。僕自身、インドネシア語が全くできない状況からジャカルタでの生活をスタートしたため、その困難を少しは理解できるつもりだ。

自然体で偉業を成し遂げ、まだまだ躍進を続けるファーストラビット仲川遥香がインドネシアで受け入れられていく過程を間近で見ることができた暁光。そしてその時期に間近で応援することができた無限大の楽しさ。

その過程に少しでも関与することができる楽しみのため、今回のAKB48の総選挙でもいくばくかの投票をした。

今後の躍進を引き続き応援しながら見守りたい。書きたいことはもっとたくさんあるけれど、一旦ここでおわり。

また、投票締め切りまであと三時間しかないけれど、モバイルなどの投票を迷っている人は、ぜひ仲川遥香の成長物語に少しだけ参加するため、投票してみてはいかがでしょうか。

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